釣と野球 どちらも面白い
熱くなれる釣と野球  サムライ
プロ野球のサムライ達  サムライと呼ばれる男
        
サムライとまで言われた名選手の話

 「サムライ」とは

  個性が強く、男のなかの男と呼ばれる人をいう。サムライに対して
  サラリーマンは個性を出しにくく、組織に振り回される人の意味から
  反語のように言われることがある。。
  でも現代はそのサラリーマンにもなれない「ニート」が続出している。
  また酒に酔ったオジサンが「このごろはサムライがいない。」などと
  くだまくが、よく調べたらそのオジサンこそ、若いときからずっと
  くだらない生活をしている単なる酒飲み、なんてよくあることである。
 
  こんなさびしい話題じゃなく、プロ野球で「サムライ」と言われる人々の
  凄い話をこれから紹介してみますよ。!!

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  「プロ野球のサムライ達」 

 
  その1 投手編
 @ 伝説の快速球・・・沢村 栄治
    この人の速球はホームプレートの手前まで地面すれすれに来て、
    それがホップしてストライクになったらしい。
    当時の大リーガー、ベーブ・ルースやルー・ゲーリックを三振
    させたのでも有名である。若くして亡くなったが彼の名にちなんだ
    「沢村賞」はプロ野球の投手部門では最高の賞である。

 A 四番バッターでピッチャー・・・野口 二郎
    野球漫画に出てくる人ではなく、実際にプロ野球の試合で
    この人はやったのである。 しかも打者では31試合連続安打、
    投手では通算237勝である。現代のプロ野球なら年俸10億以上かも。
    高校時代は中京商のエースで、昭和12年夏、13年春と連覇。
    まさに野球界のスーパーマンと言えよう。(2007年5月惜しくも逝去される。)



 
  伝説の人:沢村

 
 
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  B したたかな400勝投手・・・金田 正一
    通算400勝通算奪三振4490個、この記録は今後プロ野球では
    破られないであろう。
    高校中退後17歳でプロ入りし入団二年目から14年連続20勝以上の
    不滅の記録も持っている。全盛時代は弱小球団でプレーし金田天皇と
    呼ばれるほどの実力者であった。
    そのため登板日は監督でなく自分で決めたとまで言われた。
    しかし体の管理には細心の注意をはらい、したたかな言動は
    表面だけで、日々の努力は決して怠らなかった。

  C 神様、仏様、稲尾様・・・稲尾 和久
    野武士軍団と恐れられた西鉄ライオンズの大エース。
    昭和33年の日本シリーズでは巨人を相手に6連投し、3連敗後
    4連勝して優勝し、球史に残る試合の主人公となった。
    このとき神様、仏様、稲尾様と讃えられた。通算276勝1961年には
    42勝して不滅の年間最多勝記録を持っている。
    素晴らしいスライダーが武器で重いストレートもすごかった。
    まさにタフでありダブルヘッダーの時は、第一試合完投勝ちして、
    直後の第二試合にはリリーフで勝って一日2勝することもあった。
    現役引退後は監督やコーチ、解説者として活躍していたが
    実に残念ながら2007年11月急逝された。(享年70歳)

  D 大リーグでも通用したトルネード・・・野茂 英雄 
    1989年ドラフト会議では8球団競合のすえ
    近鉄バッファローズに入団翌年から4年連続最多勝、1994年に
    大リーグ入りを希望、球団の制止を振り切って単身渡米し、
    1995年ドジャースに入団、新人王を獲得、その後通算2度の
    ノーヒットノーランを達成、また日米通算200勝も記録している。
    独特のフォームからトルネード投法と呼ばれている。
    今では日本人の大リーガーは多いが、彼の場合何の保障もなく
    海を渡り、しかも大成功。これぞサムライかも知れない。

    2008年7月、惜しまれながら現役引退、アメリカではイチローより有名な
    彼は今後指導者として野球界に尽くしてくれると思われる。


                野茂のトルネード投法
 

 金田対長嶋の初対決
 (長嶋は4打席連続三振)
 鉄腕稲尾の全盛時のフォーム

先駆者:野茂 英雄
この人が大リーグへの道を開拓した。
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  その2 打者編

 @ 日本一の長距離砲・・・中西 太
    四国の怪童とよばれ、昭和27年西鉄に入団、新人王を獲得。
    三原監督のもと3年連続日本一となり、打の要として活躍。
    4年連続ホームラン王、通算244本塁打だが、プロ野球関係者
    の間では、彼こそ最も飛距離の出るバッターと言われている。
    当時は飛ばないボールであったにもかかわらず、ショート頭上の
    ライナーがはるかバックスクリーンを越えたとか、昭和31年に来日
    した大リーガーが中西の打撃練習中、打球のすごさに驚いたなど
    のエピソードが伝えられている。
 
 A スーパースターとはこの人・・・長嶋 茂雄
    立教大学時代からすでに日本一のサードとまで言われていた。
    巨人に入団し、いきなりホームラン王、打点王を獲得して新人王。
    この年、当時全盛の金田投手との対決は圧巻であった。
    数年後、王とともにON砲といわれ、9連覇し巨人の黄金時代を
    築いた。王ほどの大記録は持っていないがそのスター性は抜群で、
    ミスタープロ野球の名前のとおり野球隆盛の大功労者である。
 

 B 誰もが認める球界の紳士・・・王 貞治
    選抜の優勝投手として巨人に入団。一塁手に転向、猛練習して
    昭和37年ホームラン王になる。この年「一本足打法」を会得し、
    昭和39年には年間55本を打ち、昭和48,49年は二年連続の
    三冠王となる。昭和52年には大リーグ記録も破り、世界一の
    ホームラン王となる。通算868本塁打、これは不滅の記録。
    現役引退後、監督としても手腕を発揮し、WBCでは世界一も
    獲得、誰からも尊敬される人とはこの人である。




 史上最強の3,4番 ON砲
  
     

     
 


 C 雑草の三冠王・・・落合 博満
   高校、大学と無名であり、しかも25歳でロッテに入団。
   3年目には首位打者、4年目に三冠王、誰もができない通算3回
   の三冠王獲得。右打者でライトスタンドに平然とホームランを打つ
   卓越した打撃技術は独特のリストワークから生まれた。
   天才的なところがあるので、監督には不向きなどと評されたが、
   「オレ流」の見事な采配をみせている。

 D これぞ天才バッター・・・イチロー
   日本では7年連続首位打者、大リーグではいきなり首位打者と
   新人王、テニスのラケットでボールを打っているようだといわれる。
   つまり他のバッターと違って「面」でボールをとらえられるらしい。
   大リーグの最多安打記録まで塗り替え、この先何本のヒットを
   打つかわからない。WBCでは王監督の期待にこたえ、チームを
   引っ張るリーダーシップも発揮した。アメリカではこの人こそが
   日本のサムライバッターであると考えられている。
   2008年には恐らく日米通算3000本安打を達成するだろう。
   ひょっとすると生涯では4000本安打まで行くかも知れない。

   2007年度大リーグオールスター戦で7年連続選出されたイチローは
   3打数3安打2打点、しかも史上初のランニングホームランを打ち、日本人
   初のMVPに輝いた。このホームランボールは野球殿堂に飾られるらしい。
   ほかに斉藤、岡島も選出されていたが、イチローほどの活躍は
   できなかった。彼は今年FAであるが去就がアメリカ中で注目されている。

  日米通産3000本安打の達成(2008年7月30日)

  シアトル・マリナーズのイチローが7月30日(日本時間)、レンジャーズ戦の
  第1打席でレフト前ヒットを放ち、日米通算3000安打を達成した。
  これで日本では2位、トップの張本が3085本だから今シーズン中に
  抜いてさらには3500,4000と伸ばしていくだろう。
  とにかく不世出の天才打者であることがまたも証明された。

 三冠王3回の落合

 天才:イチロー

 
オールスターでのランニングホームラン


 3000本を打って観衆に応える
 
 

 

  実現! 大リーグでの松坂VSイチロー
 
 レッドックスの松坂とマリナーズのイチローが対決
 「怪物」と「天才」の勝負である。
 2007年4月12日にこの歴史的対戦があり、松坂はイチローを
 抑えたが試合では敗戦投手となった。
 確か日本での松坂との初対戦もイチローは
 打てなかった。しかし互いに相手の力量は認め合っている。
 現在の日本のプロ野球でこれだけ注目される顔合わせがないのが
 実に残念である。スーパースターが現れて欲しいものである

 
 

                 その3 監督編

      @ 手腕は日本一かも・・・三原 脩 

    巨人の監督を追われて、九州の田舎チーム西鉄に移り、当時
    ノンプロ程度とまで言われた球団を、わずか3年で史上まれな
    強豪チームに育てた。そして日本シリーズでは3年連続して巨人を下した。
    セ・リーグに移っては前年最下位の大洋ホエールズを一挙に日本一にするという
    離れ業をやってのけた。「三原マジック」と呼ばれた戦法は相手の
    チームには脅威であった。特異な才能の持ち主といわれている。

     A 情熱の人・・・西本 幸雄

    日本シリーズでは一度も勝てず、悲運の監督と言われるが、
    この人の野球にかける情熱は誰にも負けないようだ。
    特にチーム作りにかけては、この人の右に出る人はないかも
    知れない。こつこつと選手を育て阪急で5回優勝、その後近鉄で
    6年かけてお荷物球団といわれたチームを優勝させた。
    大毎の監督時代にはリーグ優勝したが、三原監督の大洋に
    日本シリーズで敗れ、当時のオーナーと大喧嘩、優勝しながら
    退団するというサムライらしさも見せた。

  番外編 サムライ達のチーム (野武士軍団)

  チーム全体がサムライと称されたのは「西鉄ライオンズ
  昭和33年の日本シリーズで巨人相手に3連敗後、4連勝
  恐ろしく強いチームだった。
  当時のオーダーを並べてみると、1番高倉(センター)、2番豊田(ショート)
  3番中西(サード)、4番大下(ライト)、5番関口(レフト)、6番河野(ファースト)
  7番仰木(セカンド)、8番和田(キャッチャー) 9番ピッチャー
  いずれも猛者ばかり、特に豊田は2番で首位打者だったし、中西はとてつもない
  長距離砲、大下は前日徹夜で飲んでいても平気でガンガン打つし、仰木は後の
  近鉄、オリックスの監督である。さらにエースは稲尾であった。

  この「男くさい」連中を苦もなく扱ったのが三原であった。
  おそらくこれだけのチーム(純国産)は今後も現れないかも



三原監督jの胴上げ
 (大洋ホエールズの優勝)



  管理人の見た凄い選手

 ピッチャー編

  古い話ですが1970年代東映フライヤーズ(日ハムの前身)に森安というサイドスロー
  投手がいました。日生球場のネット裏で見ていてこんな速い球はないと思いました。
  あるとき元プロ野球選手の経営する飲み屋でこの話をするとその人も
  バッターボックスで「怖かった」らしいです。
 
 またロッテの村田投手の全盛時、キャンプで投球練習のとき
  二軍のブルペンキャッチャーがフォークボールを捕球できなくて何度も
  顔に当てるのを見てその凄さにびっくりしました。

 バッター編

  1985年阪神優勝のころ、バースが甲子園でなぜかアルミのバットで何球かフリー打撃を
  していましたがその打球はすべてスタンド最上段です。高校野球との違いに
  唖然としました。
  そしてロッテ時代の落合がキャンプのとき、左右のどんなピッチャーの投球でも
  すべて同じコース(セカンドゴロ)に打つのに背筋が寒くなりました。
  また最近ではローズ(現オリックス)のフリーバッティングの凄さ、ボールが壊れるような
  打球音、また飛距離、これは相手チームのピッチャーが見るものではないでしょう。

  
    マサカリ投法:村田兆次
 
 管理人の独り言

 プロ野球界のドンの変遷

  古くはドンと言えば、東の「川上」西の「鶴岡」であった。
  打撃の神様、V9監督の川上 哲治氏は引退後も
  「院政」をうわさされた。特に不仲である長島 茂男氏に対して
  かなりの圧力をかけたように言われた。
  その後、長島が頂点に立っていたのだが、病気のため
  誰もが認める人格者の王 貞治が後継者となった。
  しかし彼も病魔には勝てず、次に登場が団塊の世代の
  代表、星野 仙一である。
  
北京五輪の代表監督就任で次期ドンが決定だろう。
 
 星野は同期の山本 浩二、田渕 幸一と比べ迫力と
  指導力、政治力で数段優っている。彼の体力が続く限り 
  
野球界は「星野イズム」となるのであろう。 

 北京五輪アジア予選
  2007年12月に行われた試合に星野監督は3戦ともパリーグの若きエースを先発に起用。
  湧井、成瀬、ダルビッシュこの3人はまさにピチピチの3羽ガラス(ビッグ3)である。
  フィリピン、韓国、台湾にそれぞれ勝ち3連勝ですんなりと五輪出場決定
  初のナショナルチームの監督として最高の成果をあげた星野は強運の持ち主である。
  特に対韓国戦ではかなり苦戦したが競り勝ち、対台湾戦で一度逆転されたが次の回に
  見事な逆転で勝利。日本中を興奮させて、4番新井も責任を果たした。
  やはり星野は選手の掌握術に優れているのが証明された。それと人気の面で同世代では
  彼に勝てる人がいないであろう。プロ野球であるから強いだけではダメであり、その点落合は
  確かに強い監督だが人気の面でマイナス面が多いのは損である。キャラクターの違いは
  どうしようもないのかな? 管理人としては新井が阪神に入団なので彼の活躍は実に頼もしい。
  早くも来シーズンの4番?などといわれているが金本も黙ってはいないだろう。
  とにかく日本の勝利と阪神の選手たちの健闘がこの時期にまで伝えられて最高だった。

 北京五輪 星野JAPAN 惨敗
  予選リーグでは4勝3敗、ようやく準決勝に進出したが、準決勝での対韓国戦では序盤リードしながら
  逆転負け、続いて3位決定戦でも3A主体のアメリカに力負け。ついにメダルさえ獲得できなかった。
  プロ球団の優秀選手を集めたはずの日本チームは実にもろかった。星野采配も疑問視されるところが多く
  星野にとってはドンへの道の挫折かもしれない。結果がすべてのこの世界、負ければその責任は監督に
  負わされる。もともと星野自身が短期決戦には弱く(日本シリーズでは勝てない)参謀島野がいない状態
  では作戦面でも助言者がいないのがつらいところである。2009年WBCの監督はすんなり星野と
  なりにくいかもしれない。ただ彼以外にこの人と言い切れる人材もいないのが現状である。
  

  
   闘将:星野 仙一


 五輪出場決定!星野監督の胴上げ
  (2007年12月3日
 
 
プロ野球に対する苦言

  大相撲はもはや日本人のスターが不在で、衰退の方向である。
  プロ野球も決して隆盛ではない。一野球ファンとして心配している。
  原因の一つとして、「スーパースターが不在である」と思う。
  長嶋、王が現役時代にはライバル心を燃やして立ち向かった、
  村山、江夏などとの名勝負があった。長嶋の入団からプロ野球が
  日本の最も人気のあるスポーツになったのだと思う。
  彼以降にこれほどのスーパースターは出てこない。年俸だけは
  桁外れに上昇し、実力のない選手でも法外の給料をもらっている。
 
  二つ目は「大リーグへの流出」である。確かに野球の本家はアメリカ
  なのだが、すでに日本も実力は十分あると思われる。特に投手に
  ついては技術的には日本の方が優っているのではないか?
  できたら日本チャンピオンのチームとアメリカのワールドシリーズを
  制したチームとで「本当の」ワールドシリーズをやってもらいたい。
  アメリカを倒して日本の野球の実力を証明してもらいたい。

  三つ目は「ドラフト制度の改善」である。2007年度は裏金問題で
  球界は揺れた。根本的なドラフト制度の改善がなければ解決しないだろう。
  日本プロ野球のコミッショナーが単なる飾り物なのが一番の問題であるかも知れない。
  このままではプロ野球の将来は暗いものになるだろう。 

 高校時代の楽天:田中投手
 彼こそ久々のスーパースター候補
 
 2008年 プロ野球に対する雑感
  
  「桑田の現役引退」
 渡米して大リーグに挑戦していた桑田が夢破れて現役引退の発表をした。
 桑田投手はPLから巨人に入団、エースとして活躍し数々の賞もとった大投手である。
 その卓越した投球術、フィールディングのうまさ、さらにバッティングのセンスまで凄かった非凡な選手であった。
 ただ「さわやかな引退」という報道には管理人なんかは異論がある。
 彼のPL学園入学と巨人軍への入団の経緯をかなり知っているので、「さわやか」とは程遠いと思う。
 彼こそ「したたかなプロ選手」なのである。今度の引退も彼の中では計算された行動と思う。たぶん近い将来には
 巨人のユニフォームを着るのであろう(監督として)、そのための布石のように感じられる。

  「長嶋さんの処遇」
 管理人などの年代のものにとって「長嶋茂雄」はまさに「ヒーロー」以外の何者でもない。
 全盛時代のプレーを生で見たわれわれはそのダイナミックなプレーに巨人ファンでなかっても感動した。
 しかしこの大スターも病気には勝てず脳梗塞の発見が遅れたことで後遺症に悩まされている。
 この国民的英雄を巨人軍の経営陣は「営業」に使っているように見えて仕方がない。
 球場につれてきてその姿を露出するのはどうであろう。彼が不自由な右手をポケットにいれたまま、
 少しゆがんだ顔を見せるのを放映するのはやめてほしい。どうしてそっとしておけないのだろうか?
 彼こそプロ野球の隆盛を築いた功労者なのだから、もっと優しく彼を扱ってほしいといつも思う。

 「星野JAPAN」 北京オリンピックの惨敗
 北京オリンピック代表チームはチーム編成時からおかしかった。明らかに故障している新井、川崎を選び
 今季全く振るわない上原も選出した。そして壮行試合で惨敗、前途多難をうかがわさせた。星野一流の強気発言で
 チームを鼓舞したが、予選リーグでキューバ、韓国、アメリカに敗れ何とか決勝リーグに進出、準決勝で韓国をリード
 していたが明らかに地力の差があり逆転負け、さらに3位決定戦でもアメリカの長打に屈した。結局メダル無しの
 成績に終わった。確かに韓国やキューバの選手のモチベーションは高かったが日本チームにもプロとしての誇りが
 あったはずである。星野監督の采配を疑問視する声も多いが、まず打線のひ弱さが目に付いた。一流選手が
 大リーグに流出し4番と言える選手がいないこと、ガッツを表面に出せる選手の少なさ、エースのダルビッシュが
 絶好調とはいえない状況であった。などいろいろな敗因があるがやはり首脳陣の甘さもあったと思う。
 星野ー山本(浩二)−田淵ー大野では星野に意義をとなえるものはいない。そして星野自身が短期決戦には
 強くはない。(日本シリーズでは勝ったことがない)これらの色々な要素が重なっての惨敗であった。
 これを良薬として日本のプロ野球全体が奮起しなければならないと思う、
                      

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