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天才と怪物
甲子園の怪物とは |
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甲子園の怪物達 「投手編」 (3人) @尾崎(浪商) 浪速の怪童と呼ばれ、その豪速球は「砂塵が舞う」と表現された。 宿命のライバル柴田(法政二高)との対決は有名で昭和36年春 は敗れたが夏の優勝投手となった。 高校中退でプロ入りし、当時のバッターから「最速の投手」と 評された。しかしプロではわずか107勝であった。 初対面での山内(オリオンズ4番)選手の経験談によれば、肉眼では松坂より 速かったと断言している。 現代のスピードガンでその球速を測ってみたかった投手である。 |
![]() 怪童:尾崎 (松坂より速いとか) |
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A江川(作新学院) 怪物・江川といわれ、手元でホップする豪速球は高校時代から プロ級と評価された。バットを短く持ってもミートできないくらいで 甲子園は「怪物フィーバー」に沸いた。 しかし決勝まで残ることは一度もなかった。 予選での完全試合2回、ノーヒットノーラン10回はそのものすごさを 証明している。 高校時代が最も速かったらしく、大学卒業後プロ入りしたが 歴代の大投手ほどの勝利数はない。高卒後すぐにプロに 入っていたらさぞ活躍したであろうと惜しまれる。 1981年度20勝してMVPを取ったのと、オールスターでの 連続8奪三振がその片鱗を示している。 何か余力を残しての引退が惜しまれる。 |
![]() プロ野球での江川 (高校時代が最速か) |
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B松坂(横浜) 平成の怪物クンといわれ、快速球と高速スライダーも投げ、 さらにバッティング、フィールディングも抜群の万能投手である。 甲子園で11勝無敗、史上2度目の決勝戦ノーヒットノーランと 近年では全く図抜けた選手であった。 高卒後プロ入りし、西武ライオンズのエースとなった。 WBCでも日本のエースとして優勝に貢献。 甲子園優勝投手でこれほど順調に成功していく人はめずらしい。 将来は「大リーグのエース」となるようだ。 レッドソックス入団決定だが彼なら心配なしだ。 初登板で7回10奪三振、早くも大リーグ1勝。(2007年4月) 2007年度レギュラーシーズンは15勝、ア・リーグ優勝で ワールドシリーズ進出、相手は松井(稼)のいるロッキーズ レッドソックス2連勝の3戦目に登板し日本人初のワールドシリーズでの 勝利投手、そしてチームは4連勝で世界一 またも「強運 松坂」を立証した。少し太り気味で体調管理が十分でない ようだが、それなりに勝つのがこの投手の凄さである。 2008年3月25日、東京ドームでレッドソックスの開幕投手として登板 (これは野茂以来日本人二人目の快挙である。) 5回を2失点、6奪三振でチームが一度逆転してくれたが、リリーフが 打たれ再逆転される。しかし9回に追いつき、その裏登板した岡島が 延長でチームが決勝点を挙げたため勝利投手となる。 さすがに強運の松坂、今年も活躍しそうである。 |
![]() 大リーガー:松坂 (進化し続ける男) ![]() 東京ドームでの凱旋登板 |
| 「打者編」 (2人) @清原(PL学園) 1年の夏から4番で、同じ1年でエースの桑田とともに3年夏まで すべて出場。その間優勝、準優勝ともに2回という凄さであった。 甲子園通算13本塁打、高校通算では64本塁打であり 当時の高校生ではまさに破格の長距離バッターであった。 実況アナウンサーが「甲子園は清原のためにあるのか」と絶叫したほどの大活躍。 ドラフト会議では社会問題となるほどの話題を集めたが、 本人の希望に反して西部ライオンズに入団。 翌年抜群の成績で新人王となり、王を超える男と考えられたが、 タイトルは取れず「無冠の帝王」と称されている。 |
![]() 高校1年の清原 (実にスリムだった。) |
| A松井(星陵) 甲子園では3年の春に出場し、3本塁打。そして夏にも出場、 2回戦で5打席連続敬遠という史上まれに見る結果を残した。 相手校(明徳義塾)の監督は当時かなり酷評された。 高校通算60本塁打で、ドラフトでは希望通りジャイアンツに入団。 数年後、「ゴジラ」の愛称とともに不動の4番となった。清原と同僚 の時期もあったが、本人の希望で大リーグに転出した。 ヤンキースに入団し怪我などもあったが、堂々たるレギュラーとして チームでも信頼されているようである。 (松井が去ってから巨人の衰退が始まったかも知れない。) |
![]() 大リーガー:松井 |
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